HETEROCHROMIA
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ポン引きは歳をとってから

その時俺は

何をしていたのだろう

いづれ

誰かに聞いてみよう

 

彼女はまだ年若く

活発で 自発的に気の利く

可愛い娘だった

飲食店に向いていて

朝を楽しむ初老の客に可愛がられていた

彼女があがる頃に出勤していた

 

彼女は歌を歌っていた。

そのルックスとは裏腹に

少しハスキーがかった素晴らしい声

伸びのあるビブラートが印象的だった

好きな声であった

ここで出会わなくとも

いづれ

出会っていたであろう

 

彼女が店を辞めてからも

同じ街に住むので

ちょいちょいと顔をあわせた

いつもギターを背負っていて

思う気持ちの深さを知った

その度に

彼女の歌を聴いたんだ

 

街を離れると

街にいた思い出も淡く薄れた

 

彼女が頭から消えかけた頃

再会した

何もない

何かある場所で

それほどの年月があっという間にすぎていた

まだ若い彼女はそうでないと思ったが

同じ様子だった

彼女は歌をやめ

娘を連れていた

それはそれは小さな

彼女によく似た可愛らしい顔

前髪を作っても

まだ

老けていない

彼女は

女性である

近くに住んでいる

女性であった

 

娘を寝かしつけると

ソファーに二人で座り

彼女の膝枕で

懐かしい歌を聴く

誰かがメランコリックと名づけた時間

二人だと意味合いが変わる

 

そんな日々が続き

歌を終えた彼女は

抱いて

と言った

 

彼女の両親は割りと高名な方で

あったことはなく

それで

覚悟を決めた

彼女は

幸せになる必要がる

 

君はただ

ただ受け入れる気持ちがあればいい

ゆっくりと待つんだ

朝になれば

君はマフィンを焼いて

娘を膝にのせよう

夜に君から貰った匂いがある

その手で娘にマフィンを食べさせる

どうだい?

きっと

今よりも好きになってくれるよ

 

俺はというと仕事を辞めた

たかが

都会のレストランの店長

名ばかりで給料だって大したことがない

飲食店の数を考えればわかるよ

よくやった

いや違う

たかが都会だ

そんなものに

何かを見出そうとしていたなんて

まぁ

悪いことじゃない

彼女と出逢った

あの街に戻る

仕事はある

お金も今より稼げる

彼女の地元

実家もあるし友達もいる

 

三人暮らしが始まった

夜にはもう飲みに行かない

あの頃の連中はもういない

仕事も夜だった

朝方に帰ってくる

でも

日が落ちる前に

家族と顔を合わせることが毎日出来るなんて

幸せだろ?

そう言い聞かせた

彼女には知り合いの店で働いてるとだけ伝えた

それは嘘ではない

仕事は客引きである

彼女はそれを知らない

 

まだ飲食店で働く前

この街での始めての仕事がこれだった

その時のオッサンどもは

まだ

街に残っており

皆 偉くなっていた

夜は前ほどにぎわっていない

働く者も少なく

下火だった

ともあれ

暖かく迎えられた

 

街が変わるには訳がある

どこの店も表向きは株式会社になっていた

俗に言う

裏っぽさは影を潜めた

そうして看板を背負い

道端で煙草を吸う

幾ら下火とは云え

文化はそう廃れない

夜は必ず訪れる

金を稼ぐ

出来るだけ早く

そして何かを成す

一人じゃない

成すことが出来る

夜は目に映っていた

 

馬鹿にされても構わない

その分

ずっと人を馬鹿にしてきた。

客を見てごらんよ

たかがオッサンに兄ちゃんだ

文化人でもスポーツ選手でもない

働く娘を見てみろよ

モデルでも女優でもなんでもない

いづれそうなれればいだろう

 

年をとった

可愛がられることはなくなったが

可愛がってやることが出来る

嬢は客が育てる

客を育てるのが仕事だ

彼らに紳士を説く

難しいことじゃない

興味を持てば

あとは勝手に学ぶ

客には女を教え

女には客を

互いに口裏を合わせ

運命を匂わせる

店内で一部始終を見届ける

レールから外れぬよう暗躍し

軌道に乗れば新たな客を探しに外に戻る

新たな運命を探しに

アテンドしていることに皆気づかない

それでいい

分かるようなもんじゃない

飲食店は社交場であれ

 

それに気づいた娘がいて懐かれた

勉強熱心でいいと思った

客のことを聞き

その術をものにしようとした

休憩時間には隣に立ち

仕事が終わってもすぐには帰らなかった

それでも彼女は一人の娘にすぎない

何にも変わらずに仕事を続けるが

彼女は自分への扱いが特別に感じるようになっていた

だから子供は嫌いなんだ

メンドクサイ

娘といるところを彼女に見られる

ポン引きを知る

こちらからすれば相違ない

都心の人気のレストランと郊外のキャバクラ

相違ない

彼女の気持ちは分かる

後ろめたさから明言しなかった

 

娘が泣いている

 

「君が風俗嬢でも愛してる」

「なによそれ」

「ごめん極論だわ」

「あの娘は?」

「店の娘だよ。なつかれちゃってな。めんどくさいよ。・・・あ?言っとくけどガキは嫌いだぞ。昔っからだ」

「あ?」

「違うよ。年のこと言ってんじゃないよ。自分が子供だから精神的に幼い人が苦手なんだよ」

「もう、大人でしょ?子供が見てるよ」

「分かってる。分かってるから言えなかったんだ。それは謝る。でもな、悪いことしてるとは思ってない。レストランとキャバクラ、そんなに違うか?」

「違うよ」

「そうだよな違うよな。売ってるもん違うもんな。でも、分かるだろ?夜もまた人生。スナックで歌ってたから分かるだろ?」

「分かるよ」

「だろ。幸せなんだよ。人といることができるなんて思わなかった。金もあるし、昼間に公園で散歩したり、君の料理食べて、歌聴いて昼寝したりとか、まぁエゴか。それは俺の幸せだもんな。でも、それ以上にお前たちを幸せにしたいと思ってるんだ」

「幸せだよ。私もそれで幸せ。そもそも怒ってないからね」

「じゃあ、なんで」

「釘を刺しただけ。女遊びはやめてね。悲しくなっちゃうから。悲しみは見ないフリをするよ。そしたら興味がなくなっちゃうから」

 

言い訳染みて恥ずかしい

胸が痛くて嫌になる

今だボンクラ

飲み屋に足を伸ばす

なじみの顔はもういない

彼らももう老けただろう

若者向けの店が減った

じじぃばっかで愚痴ばっか

分かるよ

 

ビールを飲めば、顔が知られる

朝方までやってる店は限られる

メシも出してくれるなら尚更だ

飲み屋ですらさん付けで呼ばれるようになった。

ママはママだからそれでいいんだ

大人はいい

 

三人で昼食をとる

昼寝はしなくなった

おもちゃをいつでも買ってあげる

父であろうとは思わない

言葉も分からぬガキに言い聞かせる

俺はお前でいいよ

呼び方はお前が決めろ

呼び名が変わったって構わない

ただ

お母さんと呼べる唯一の存在だと気づいてくれればいい

 

最近

歌を聴いていない

慣れると疲れる

疲れた人間はまた年をとる

ガキの興味は薄れ

他の男に懐いてる

 

何かを忘れるために飲みにいく

習慣は変えられない

でも

そこで笑える

いい客だと思う

最下層に住もうとも幸せを知ってるし

それに見合う振舞い方が出来ている

でなければ

こんな仕事やってられない

飲み屋には

根っこからのクズが本当にいて

誰にも聞こえない言葉を俺様が喋る

ママがママで笑ってるから

それに付き合ってやる

 

ある日

店がやたらと込んでいた。

ママ以外の娘はその日に限って皆休みだった

「手伝おうか」

何の気兼ねなく言った言葉にママは喜んだ

人ん家の厨房に入るのは緊張する

そういえばママはレストランで働いていたことをしらない

包丁はそこらの人間よりも使える

酒なんて注ぐだけ

ポン引きが作る料理をママは喜んだ

介助人だ

ママをアテンドする

 

後片付けを手伝ってるとママが言う

「向いてるよ。一緒に店やろう」

 

何でも女は知っている

 

スナックに入り浸っていることも

充実した一日を過ごしたことも

顔をみりゃ

分かるという

それならば口に出さなきゃいい

分かってることを言われるほど嫌な事はない

イラつく

もう

子供は泣かない

 

いづれ思うんだ

いや

思ったんだ

客が帰り

カウンターでビールを飲んでいる

彼女の言う通り

愛だった

見ないフリをしなかった

あんなに

口ずさんでいたのに

どうぞ踊ってらっしゃい

私ここで待ってるわ

だけど

心まで酔わせて

ハートまで持っていかれた

 

「何考えてんの」

厨房から声がする

後片付けをする若い娘

いまだに

俺の呼び名は決まっていない

ラジオから

彼女の歌が流れてる

 

やがて逢うと思っていたけど、思ったよりも早かった

 

僕は君に出逢っていなくても

きっと君に出逢っていたはずだ

同じようにこの席に座り

君の歌声を聴いてるんだ

だから

歌が終わると

そっと席を立った

 

その可能性が真実のように

 

ローリエが一枚ポケットに入っている

花びらを千切ったことは覚えてる

古い結果までは分からないが

どっちみち

構いはしない

君はギターを

弾く やさしく

握り

誰も見ずに歌うんだ

君は幾度となく 無意識に

呼吸するだろう

その

生きている

行為が

誰かの自信に等しく

与えられるということ

省みることで

恋とそう遠くないにしろ

狂わせる

力がこもる

君が真っ当であるならば

僕もそうありたいと

努力の欠片は見える

いとも無残に

微力に過ぎないが

いとも無残に

 

僕は久しく君にあえない事を

残念に思う

無垢を知らず

愚痴をこぼさず

普遍普通に

声高らかに

誰かの人生を刻むのだろう

面と向かって

酔っ払っていれば

賞賛と微笑み

でなければ

酒を呑み

歌に浸り

そっと席を立つ

 

愛することに照れがなくなると

愛されたいと思うよ