HETEROCHROMIA
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カシューナッツと酒.

パストラミとフォアローゼス

酒屋でウィスキーを買う。紙袋ごとネックを持ち家路に着く。少しだけ疲れていた。深夜だし、自重なくスクリューキャップをあける。慣れ親しんだいつもの味に溜息がこぼれる。
もう一口とガードレールに腰をかける。4輪の薔薇を胸につけた女性なんて現れるわけがない。ただ、街角のバーボン呑みなんて、何を考えているか分からないし、目を合わせちゃいけない。それでも興味に値する。酔っ払いならなおさらだ。ドレスでもなく、舞踏会帰りでもない彼女は千鳥足で同じような境遇の男の目の前に立つ。男は惨めな女を見て、また一つウィスキーで喉を湿らす。意識がおければ味も伝わる。
「なに?」男は尋ねる。女は忙しくかばんを漁る。中からドギーバッグが出てくる。
「カーネギーデリのだよ。あげる。それによくあうよ。帰って食べなね」
男はそれを受け取ると、女はバイバイといい家路に着く。男はウィスキーを地面に置き、ドギーバッグを開ける。中には大量のパストラミがあった。深夜の路地にブラックペッパーとコリアンダーの香りが漂い、男は思わず唾を飲んだ。今度はさすがに自重が聞く。地べたに這い蹲りメシなんて食えたもんじゃない。キャップを閉め、みやげを片手に散歩を終える。

部屋に戻ると、二つをテーブルに置き、シャワーを浴びた。少しだけ目を覚ます必要があった。
ダイニングにだけ電気をともし、深夜にテーブルクロスを開く。レンジの上にあるライ麦パンを手にし、薄切りにする。そこにパストラミを幾十にも重ね、パンでフタをする。冷凍庫で冷やしたグラスにバーボンを注ぐ。うまそうな音が深夜に響く。液体はトロトロで今すぐにでも口にしたい、先ほどとは別の酒と化している。そうして椅子へと座り、サンドウィッチを手にする。姿見に自分の姿が映る。半渇きの長い髪に、白のタンクトップとグレーのパンツ。溢れんばかりのパストラミのサンドウィッチとフォアローゼスの瓶。それらを受け止める赤のチェックのテーブルクロス。実に牧歌的だった。そうしてウィスキーを口にする。まったく違う味。パッケージはケンタッキーのフォアローゼスで今頃気がついた。ラッパ飲みはいかん。サンドウィッチをほお張る。
口の中で穀物が交じり合う。そこに燻し香が後を追う。すると繊維を断ち切るたびに牛肉の赤みの芳醇さが口に広がる。スパイスの香りも相まって、ウィスキーをまた口にする。香りがまた変わる。様々な共存に、姿見の元酔っ払いは幸せそうだ。

朝になると、ソファーで腰を痛めた中年と空っぽの瓶が床に落ちている。清掃から一日を始めるのはげんなりとするので、スクリューキャップをとりあえず空けた。朝にはグラスはいらない。