「君の人生はどっちみち成功していたよ。待てたかどうかは分からないけどね」
もう10年以上が経つ。子供が出来ぬ体だと彼女は言った。
言葉の言い訳は受け手にも適する。愛よりも、快楽だった。それで人生が決まるなんて若者にはまさかで過ぎない。現実はあるようでなかった。子供に子供は出来ない。おとぎ話だ。
体を重ねることで日々があった。それを相性というのか、経験人数こそ違えどそこらの並みの男が経験することは大抵やった。育てられた感覚は今でも残っている。
行為が終わると彼女を肩に抱き、ありもしない夢の話を聞かせては寝た。二人だといつも仰向けだった。彼女は目を瞑っていたかもしれない。
少し年上の彼女は敬ってさん付けで名を呼んだ。誰も呼んでいない名前。今ではそうでしか呼ばれない。
男の愛なしでは生きられない彼女。少しでも隙を見せると他の男の影をチラつかせた。苛ついて一日を過ごし、夜には抱いた。おとぎばなしはどこか悲しげで、言葉にならぬものは紙に埋もれた。
彼女はダメな人間だった。それが魅力だとしても、同じような暮らししか続かない。その幸せに嫌気が差したのだ。煙草と酒と男の暮らしの先に可愛い奥さんが見えたのだろう。人間ないものねだりだ。
彼女は今を辞めたがった。そうしてまた別の男が現れた。どうやら今度は本気らしい。
この虚しさは彼女によって作られている。時折の言葉尻に男の影響が垣間見れた。心なき者には無力になる。それでも彼女はまだ愛を残してくれている。嫌な女だ。選択を迫られた。
自分が真っ当じゃないことくらい分かっている。それよりも彼に勝る愛を与えられる自信がなかった。言い訳は得意だ。体いい臆病者。表向きには彼女の幸せを願った。
彼女は年上の男の元へ行った。
最後のセックスほど気持ちが悪いものはなかった。体を重ねるにはある種の興奮か、愛情がないといけないことが改めて分かった。彼女の目は僕の顔を透かし、天井を見ているようであった。あまりにも無力でただの一刻を無駄にしたことがあったであろうか?感覚も意思もなく子供の粘土遊びの相手のようにただ時間が過ぎた。そんな後のこと。別れ際なんて覚えちゃいない。それが彼女とあった最後である。
そこからは聞いた話。分かれてすぐに彼女は結婚した。相手は売れない芸人であり、自らを卑下していた彼女にも丁度がよかった。それでいてまばゆい才能は自らには決して無く、羨望の的であった。まだ皆若かった。彼女は献身的に旦那を支え、二人三脚。10年が経つ頃、夫は大きなコンクー ルで優勝して売れた。子宝にも恵まれて3人の子供がいるらしい。彼女が描いた夢物語がそこにはあった。僕はそれを聞くなり小さく笑った。テレビで旦那を見ても小さく笑った。
男は屈折した人生を送っていた。元がそうであったし、彼女がいなくなってからは叱る人間は誰もいなかった。腕枕にのせて聞かせる夢の物語もなくなった。
やっと大人になり、今までの出逢いに感謝を覚えるようになった。富と名誉が欲しかった。それらの為にも。夢の話だ。
テレビで旦那を見ると彼女はやはりミューズだったと確信めいた気持が生まれた。反骨精神でも有り、再びペンを握った。彼女は笑ってなけらばならない。そうして10年が過ぎ、齢40にして作家として体を成せるようにとなった。
雑誌の取材だった。ファンであるという旦那からオファーがあり対談をした。旦那は何も知らない。対談中の言葉は今までの経験と、書くために得た知恵からのでまかせで旦那の心を打った。彼にも響く必要性はあった。そんなもんで心は掴めたりもするもので、その夜飲みに行った。何を喋ったかは覚えていない。緊張から開放されると聊か飲みすぎた。いつもと変わらない。
翌日彼女から電話があった。20年ぶりでも、話し方は一緒であった。そうして二人で合った。互いに十分大人であったが、その昂りは恋であった。彼女が老けようとも、子供にママと呼ばれようとも、彼女は彼女であった。
コーヒーは何だか大人ぶっていて、子供だったあの頃にも増してアイテム化されている。所詮、嗜好品と成りえなかった。酒を飲みに店を変えた。歩く速度。眼差しが落ち通場所。緊張と緩和。
ビールを流し込んだ。大人の理屈にせよ、過去の美しさは風化しない使いがってのいい拠り所。後に気づくとしても、そうしてしまう。。それは合図、きっかけ、解放。
世界が終わるとてやめられない。終わりの日を味わうように、その幾らかの時間はシンパシーが重なり過去と今を紡いでいい。分かるかい?たかが一緒にビールを飲んだだけ。少なくともその瞬間に私は彼女を抱き、抱かれた訳である。
酒が入るとさっきまでの彼女が他人に思える。病気のように思考が蔓延る。密に刻々と彼女を思える。笑えるほどに。顔が赤くなり、声のトーンが一つあがる彼女。むかしとおんなし声、口癖。どうでもいいこと時に物事を知る。彼女が好きだったのは酔っぱらっているロクデナシの自分なんだ。
彼女と別れてから、他の女に会おうともアルコールは辞めなかった。それが自分だと知っていた。誰も止めようとはしなかった。辞める気も言わせる気もなかったが・・・。その過程で気づいたことがある。彼女だけでない
皆、酒を飲んでいる自分が好きだった。そこには笑いがあり、優しさがある。何よりも愛を語る。いちばん身近な人に愛を伝えないなんて馬鹿なことがあるか!受け止めかたたに困惑するほどに愛を口にする。そうして女たちは暫くの愛に溺れる。でもね、愛を語るやつなんて愛がない人間なんだ。
朝になり酒が抜けると、無口で心ここにあらず、人をイラツカせる天才に過ぎない。それが実であり、女達は去っていく。けれども、彼女と居るときにはペンが進んだ。そういう時彼女は決して邪魔をしなかった。そうして夜になり宵の中彼女に聞かせていたわけである。
吐き出す気持は一方だけでない。悪い女だ。相変わらずに・・・。
彼女は幸せを知っている。不幸せに近い私も知っているし、それでいて自分がより幸せになる術も思いついている、。それは結論男と一緒であるが、大人は回りくどい。人間は実にないものねだりである。
自責の念を口にする。
「後悔は沢山あったし、今だにも考えていたよ。」
「想像は互いに得意だからね」
「結婚しないの?」
「したからといって、誰しもが君のように幸せになれるとは限らない。結婚してる僕と再会したかったかい?嫁の愚痴を言いながら、君の可愛さを褒め称えるのかい?」
「それでも構わないよ」
「そう?」
「いや、そうでもないかも」
「僕が幸せになれないと君は幸せじゃないのかな?」
こうして会ってしまった今は。目の前にいるあなたは幸せじゃないといけない」
「この状況じゃなきゃ聞けない言葉だ。一生覚えておこう」
「なにそれ?」
「目の前に君がいる幸せだけじゃ足りないのかな?」
「私は酷いことをした。この瞬間はあの頃の私に戻るよ。何かをさせてほしい。そうして淫らな私を本当に終えるの。それにはあなたが必要。子供にも人生を教えることが出来ないわ」
「わがままだね」
「あの頃の私だもの。もう嫌い?」
「いいや、好きだ。じゃあ言うことを聞いて貰おうかな?」
「うん。そうして私とあなたのために」
「子供を産んでくれ。3人も4人も変わらないだろ?」
「はぁ?」
「あん?あの頃の俺だもん。やっと自分の遺伝子を認められる価値を持ったわ。40だよ。互いに」
「凄いこというね」
「えぇ、とっても。こんなことは金持ちの道楽だ。遊ぶときは真剣に遊びたいよ」
「子供が欲しいの?」
「君の写真を見るたびに羨ましくてね」
「私の?」
「娘くれって言ってもくれないでしょ?だったら作ってよ。君を永遠に愛すから。例え二度と会えなくても伝えるんだ。子供にお前よりもママを愛してるよって。いかれてるだろ?」
「うん。おかしいよ」
「歪んでも愛は愛だよ。それが僕の幸せだ。付き合ってよ」
「うーん」
「何を考えた?子供、旦那、世間?」
「・・全部かな?」
「君は?君自信は何を考えたの?」
「私?・・・私はただ想像しただけよ。あんたとわたしの顔を」
昔と違いある程度の富と名誉がある。このまま昔二人で見た映画のホテルに泊まることだって出来る。彼女が好きだったホテルよりもずっといいところ。
「何わらってんの?」
その言葉で彼女の言葉がやっと耳へと入ってきた。「昔、昔うるせぇ」よと自分に言い聞かせた。
さ、あれども
秘密裏にしては意味はない。家族公認の末っ子だ。
「旦那はもう一度売れるよ」
一時のようにテレビで見る機会は減った。そうとて、一時の時代の象徴ではあったし、それこそ雑誌の仕事なんかもある。一家5人が幸せを続けられる収入もある。だが、そもそもが芸人である。見られてナンボ。芸は見せるためにあり、対象は広いほどいい。と思わなければ意味がない。
「今日もね、嫁が他の男に抱かれてるんですよ。俺のじゃない子供が欲しいらしくてね」
旦那はテレビに出る度におもしろおかしく嫁の話をする。叩かれれば叩かれるほどに芸人の発言の回数は増えていく。道徳が絡めば個人は消える。彼の苦しみは本物だ。経験が語る。
若い二人の出会いは学生時代。中学校の1つ違いであった。同じ場所で育ち、共通の知人もたくさんいた。けれでも互いに認識はなかった。出会いはあったが出逢ってはいなかった。近所のコンビニの客と一緒。神様である店員』互いの存在を知っているが客同士は互いを知らない。隣の部屋にでも住んでいれば?はたまた飲み屋のカウンターで隣の席になれば?存在とはそういうものである。
二人の出逢いは風俗店であった。嬢と店員。そこで出会ってから数ヶ月。先輩の彼女が女として心開き、店員へと身内話をする。約10年前の出会いが出逢いとなった。ドラマチックだ。男は映画だけが趣味であった。映画好きはロマンチストである。女はロマンチックに弱い。ましてや風俗嬢だ。夢を持てない二人が内なる言葉を語れる相手を得たわけである。
そこからの幸せは少し歪んでいる。
休みの日のデート。映画を見て、酒を呑むだけだが、たまに彼女の買い物が途中に入る。
ある日の買い物は仕事着であった。どこで知ったか?いや、彼女はそういう人間だった。ブティックへと入り、光沢のかかったドレスを胸にあて意見を求める。とても可愛い顔をしてね。赤だったり緑だったり、どのドレスもふとももはあらわで、紐一本を引っ張れば肌がはだける。彼女はどれも可愛いと良い、大層悩む。結局て2着とも買い、夜には酒を飲んで二人身体を重ねる。
二日酔いの朝にもう一度愛を育み、男は珈琲を入れる。彼女は早いもんで15分で支度をする。
バイクを二人乗りして、老舗のピザ屋でランチを食べて、別々に出勤する。
控え室で仕事のメイクを済ませる。名前が呼ばれる昨日のドレスを着ている彼女。すれ違いざまにウィンクをして真っさらな彼女は男の元へ消える。わずか何mかの距離に二人はいて、大音量に消されるわずかな彼女の声に頭を抱える。イラぬ想像はその壁の先で行為として行われている。数10分後、シワの付いたドレスの彼女と満足げな男を見送る。
随分といかれた話だ。
仕事が終わり、部屋に帰る。本物はここだけだと言い聞かせるように互いを抱いて眠るのだ。
仕事場で内緒でしようと彼女はいったけれども、しなかった。特別は必要でない。彼女との快楽はいつだって特別である。
分かるかい?人生を省みるならば切り替える瞬間が必要である。仕事を辞めさせたのは男。でもその先は旦那。旦那は何も知らない。ただ、嫁が他の男に抱かれてるということ以外は・・・。
子供は世間的な感心へ。倫理観はこの世の中ではちとうるさく、芸人への批判は日に日に大きくなった。それでも旦那は愛を貫き、それもまた共感を呼んだりもした。姿の見えない彼女は叩かれ、何人かの彼女がネットで人気を得た。誰もが美人であった。事の真相は誰もしらない。たかが芸人の話。根源は誰も知るよしもない。そんなものはもはや日常茶飯事であり、世間が騒ぐほど家庭は何も変わらなかった。子供たちは誰も泣かなかった。ただ、一部の人間は宇宙で初めての子供が生まれるように、その誕生を待ち望んだ。暦的事件も簡単に捏造される。
子供は生まれない。世間の感心も薄れる。それでも世界は回っている。
一緒に寝るならば裸がいい。温かい。それが当然。行為がなくとも、共に眠るときには服は脱ぐ。
何も聞こえない、朝か夜かも分からぬ青い色をした部屋。一人のように楽でそれでいて孤独でない。
独り言のように男は喋る。
「もし起きてたら珈琲をいれてね」
「それはあなたの仕事でしょ」
男と女。懐古主義。このためだけの嘘でも事実でもどちらでもいい。
20年前と天井の壁の色は変わらない。随分と遠くはなったが。
ただ、今日も裸で寝ている。
大きくなった娘は粘土細工のように二人で遊び、パパに呼ばれてごはんに行く。
ほっぽり出されても確かに二人で、またのそのそとで体を重ねる。むかしばなしが生まれる。