HETEROCHROMIA
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もう、終われない人

知らない町を歩いている。時計は22時を過ぎたころ。思えば外の掛け時計なんて久しぶりに見た。確かに知らない町だ。
ここにいる理由はない。この通りを歩く理由は初めての道だから。一本裏を今しがた通ったとこだ。
町はもう眠っている。光があるたびに中を覗き込む。知らない人が知らない服を着て知らないものを食べている。

コインランドリーだけは変わりない。知ったような人が知ってることをしている。漫画雑誌を読み、缶コーヒーと煙草。そこはいつでも普遍的であり、世界の入り口だ。
その刹那、思い切り息を吸い込む。鼻腔にランドリーの香りが溜まる。
少し歩くと、また新たな光がぼんやりと輝く。食堂だ。看板の電気は消えている。中を覗き込む。
初老の男女10人ほどがヴァイオリンを弾いている。椅子を壁際に寄せ、全員が立って、全員が笑顔でヴァイオリンを弾いている。
どんなガラスか知らないが音はまったく聞こえない。掛け時計は16時。彼らが元気な時間になっている。どちらが間違えている。
真っ暗な外か、それとも明るい室内か。いやいや、そもそもここは10年前だ。誰とも目が合わない。こんなに凝視しているのに。
何だか、あきらめた。すぐそばのコンビにでビールを買い、煙草を吸う。
向かいのビルから親子と思わしき母と娘が勢いよく出てくる。ビルの前で呆然と立ち尽くし、共に泣いている。
母は俯き、娘は天を仰ぐ。
よっぽど不幸なビルに違いない。僕の住む訳あり物件が可愛く思える。
嗚咽が耳だつと、ヴァイオリンの音が聞こえてきた。右手の煙草を口に銜え、ビールを地面に置く。
両手を挙げて、その音の調子に合わせ指揮を執る。
するとどうだ
音にあわせるように。娘は顔を上げ、母は顔を下ろす。互いに向き合って抱きしめる。音にあわせる様に体を軽く揺らして抱き合うのだ!!
悦になる。
音が続く限り、時に激しくときにやさしく指揮を振る。情緒にあわせ母娘は親しみを知る。
僕は二人を見ている。
知らない町に来た誰かは、いかれた町の名物をみるように、このソリストを見ていることだろう。
僕は銜え煙草の常習者だったことにやっと気がついた。
それも10年前のこと。
たかが