HETEROCHROMIA
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ケバブ屋を始めた友達

仕事を辞めた。地元に戻った。とは言っても電車で30分。田舎もんにしてみれば都会人であることに変わりはない。昔の先輩のつてで土木の手伝いをしている。大人になり、初めて肉体労働者になった。体はきついが余計なことを考えなくていいので、今しばらくはこれで良いとおもう。

寂れた駅前から300mほど。潰れた精肉屋の前にトラックを止めて旧友がケバブ屋をはじめた。彼もまた地元に帰ってきた。
「なんでここで始めたの?」
「なんでって誰かしら来るだろ。ほら、お前みたいに。そしたら、お前が誰かを呼べばいい。食い扶持にはあふれないだろ」
「そうだな」
仕事が終わると彼の店の前でビールを飲む。ゆっくりと陽が落ちていく。それを行える暮らし。地元。ひと時の学生自分か。このプラスチックのいすもテーブルも今は潰れたコンビニの前にあった奴みたいなもんだ。ノスタルジックでビールはうまい。
背中越しに仕込みの音が聞こえるのは心地よい。紫たまねぎのスライスがだいぶ上手になった。リズミカルで、音に乗りまたビールが進む。今はまだ二人の時間が長い。これもまた大切なことだ。

「おまえ、これフランチャイズだろ?」
友達よ
君はキューバンサンドイッチを焼いている
「うん?そうだよ。金ねぇもん」
「ケバブじゃないじゃん」
「大丈夫塗り替えてもらうから。君も知ってる友達たちにね。それが地元の利だ」
「いや、怒られないの?」
「金渡しゃいいべ。誰もこんなとこまで見にこねぇよ。ケバブなんてやりたかねぇよ。見ろよこれ。チーズトロトロ。うまそうだろ?」
「うまそうだし、腹もなるけど・・・」
「原宿でさぁ」
「あん?」
「あっ?原宿でさぁ、ケバブ屋あってよぉ。一等地にね。見てたんだよ。反対側から。それなりに入るのよクソガキ共が訳も分からず買っていくわけさ。どこぞの肉かも知らずおいしいねって。そうしてインスタっすよ。まぁ、そりゃいい。そういうもんだ。で、親父はいわゆるケバブ屋の親父のわけよ。で、その手伝いしてる娘がかわいいのよ。たぶん、トルコ人じゃないねあれは。ギリシャよりというか・・。まぁ、それもいいか。で、客が引いた瞬間に親父が娘を口説くのよ。向こうにいるからあくまで推測よ。で、娘興味ないの。「やめて」
って言ってるの。口パクだけど。でも、親父熱上がっちゃって「売れてんじゃん。恵比寿でピザ食おうよ」
みたいなこというのね。娘は仕事熱心でね、空いた時間に仕込みたいの。言葉なんぞ体の向きで分かるわ。そうこうしているうちにまた客が来てね。娘は笑顔で迎えるけど。親父、体横向きのまま。手を広げて喋り続けてるの。「アイラブハニー」「ハニーじゃねぇって」勿論、これも口パク・」。で、客が困っちゃってね・・・」
「わりい。何の話
「キューバサンドイッチだろ」
「あぁ、そうだな」
「こっちのが旨そうだろ。まぁ食えよ」

安くともしっかりとキューバブレッド。こいつがパンを焼ける訳がない。頼んでいるのか?
ディジョンマスタードの上にはモホでマリネされた適度に肉汁が残ったローストポーク。薄くスライスされたエメンタールチーズがジャンクに覆いかぶさる。よくわからない野菜のピクルスの酸味が加わる。
「お間、これうめぇな」
「だろ?原宿じゃ食えないぞ」
「あぁ。探さねぇと食えなぇわ」
彼は笑った。ユーモアはレベルである。

ラジオからは流れ星ビバップ
トラックの側面の冷蔵庫から赤星を2本
日が暮れていく

本当、駄菓子屋とかわんねぇ
学校の放課後のように仕事を終えるとそこでビールを飲んでいた。
店の開店は丁度日が沈むころ
一番初めの客は大抵僕だった。夕暮れビールに誘われるように親父と顔見知りになり、バイトあがりのギャルが興味を持って輪に加わる。部活終わりの学生はサンドウィッチをうまそうにほお張り、トッピングを指定するようになった。カスタマイズできれば本物だ。そこには地元で店を開いた彼の普遍があった。

夜までいると、人生に埋もれかかっていた見た顔が寄り添いテーブルを囲んだ。まるで最後の青春を楽しむように、誰に気を使うこともなく好きなときに笑った。
そうして夜型になった。寂れた町だ。11時を過ぎれば人通りもまばら。サンドウィッチの材料を彼は片付けてトラックから降り、そこに加わる。彼の「帰るか」が終わりの合図でそれまでは変わらぬそこでまるで何かを待つようにくっちゃべっているだけ。
酔っ払いの姉ちゃんがふらふらとしんどそうに歩いているのでい椅子を貸してやった。
椅子に座るなりうなだれた。
「おい、大丈夫?だいぶ酔っ払ってんな」
「うるせ、うるせよぇよ。さわんな、馬鹿」
「触ってねぇよ」
皆はニヤニヤと笑った。トラックからペットボトルの水を取ってくる。
「ほれ、飲むかい?」
女は水を手にするとグビグビと飲んだ。
「おぉ、だっせぇな。見ろよ、すげぇ飲んでんぜ」
「うるせぇな。お前が渡したんだろ」
女は顔を上げた。水を離さなかった。
「そんなにうるさくないでしょ?」
目を見てきちんと声をかけた。
「そうだった。ごめんね」
女は素直に謝った。
「帰るね。ありがとう」
女は立ち上がる。
世の中屈折している。
笑えず、怒号も押さえ、我慢して小さく笑みをする
「ありがとうをありがとう」
女は小さく振り返り、一歩目を進む。ふらついて。
その手を取りもう一度座らせる。
「脱ぎな」
ハイヒールを指差して、自分のスニーカーを脱ぐ。綺麗なスニーカー
「ほれ、はいてけよ」
女は靴を履き替え、立ち上がる。
「何これ。超ピッタリなんですけど。足小っちゃ」
皆、声を出して笑った。
「うるせえ」
「そんなにうるさい事いってないでしょ?」
「あぁ
ごめんよ」
「うぅん
ありがと」

女にハイヒールを渡す。
「うん?どうやってかえんの?」
「まんま。それ履いて帰る訳いかねぇだろ。変態か俺は?・・・若干否めないけど。まぁこれからは煙草のポイ捨てはやめるわ」
「そう。じゃあ良かった。おやすみ」
女の背中を見送る。フラフラと千鳥足で消えていく。
「やばいな、ありゃ」
「あぁ」

あくる日もビールがある。
あたりまえに目の前にある。
キッチリトラベルハハラレ
行程を逆算ス
栓がされ、ビールが流し込まれ、瓶がベルトコンベアを行く。
時折、工場の人たちの顔が垣間見れる。マスク帽子。何人かは笑っているので気が休まる。
「うまいなぁ」
「スマンスマン!」
「うぉ、すっげぇビックリした」
昨日の女が突然視界へと入ってきた。
「スマンであってた?それともごめんなさい?よく覚えてなくて、ただ気持ちよく話してた覚えがあって・・・どうでしょう?」
「今日休み?」
「うん」
「スニーカーだね」
「うん。そう」
「あのね、ここで言葉を書くんじゃないよ。言葉は反射。思いのまま喋ればいいよ。考えてるから言葉がつまんだよ。スマンでもごめんでもどっちでもいい。違うかい?あとね、小さく笑うな
笑うときはブサイクで笑え。じゃなきゃ一緒に笑えないよ。おっけー?」
「うん」
「じゃあビール買って来なさい。サンドウィッチもおいしいよ」
女はトラックに向かう。
「あれ、スニーカーはいいけど俺のは?」
女が振り返る。
「そう、スニーカー返すって思ってたんだけど
私がスニーカーを履いていて、忘れちゃった。今度でいいでしょ?」
「うん。そりゃ笑えるわ」
「何か言った?いいや、いい休日だなぁって」

真夜中には少年が紛れ込む。その日は汚れた白いシャツをまとった中学生だった。
ビールと煙草のおっさん達の目の前に、誰ともつるまない少年が現れた。
「おい、少年。こっちこいよ」
誰かが呼び止めた。
少年も確かにそれを求めていた。シャツの汚れは推測でしかないが、それよりも強さがある者たちだと少年は悟った。そうして暗闇から温かみのある昼光色の中に足を踏み入れた。
少年の顔には掠れた鼻血の跡があった。
「ほれ」
肩で女に合図をした。
「なによ」
「そういうのは女の役目だろ。そりゃ顔面ボコボコだったらもう立ち上がってるよ。強くハグしてやるよ」
ビールを流し込む。スニーカーの女がハンカチに水を含ませ顔を拭いている。いい光景だった。
「お前はあれだなぁ、泣かない顔をしてるな」誰かが言った。
「うん。泣かないよ」
「泣くのはいいぞ。大声で笑うのと一緒。ストレス発散だ。悲しいときはそればかりを考えて泣けばいい。気持ちいいぞ」
珍しくまともなことを言っている。
「もう、泣き疲れたんだ。でも、おんなじことを思っていたよ」
「なんだ。お前詩人かよ。君とは仲良くなれそうかって」
「うん」
「じゃあそのとおりだ」
友達は静かにトラックへ戻り、調理場に火をともした。
「でた。こういうとき、本当に役得だよね」
「うるせえ」
友達はトラックから声を張り上げる。
「少年よ。口切れてないべ。サンドウィッチ食ってけ」
「ありがと」
「こいつに食わせても集客につながらないぞ。友達いないからな」
「おい、誰かうるさい奴がいるぞ。少年よ何か言ってやれ」
「うるせえ」

少年はサンドウィッチをほお張る。その周りを囲んで皆が少年を見ている。何かを重ね合わせて。
「うまいか?」
「うん。おいしい」
「おまえなぁ、深夜にこんな贅沢なサンドウィッチなんて食べれないぞ。自由だ。家かえって思うんだ。自由になれた気がした15の夜って」
「うわっ」
「おお最悪だな」
「あぁ最悪だ」
「お前は昔からそうだよな。だからつまんねぇんだよ」
「俺が?今の駄目?」
「駄目も何も皆思ったことでしょ?消去法だろ。言わないよ普通。まだいの一番に言うなら分かるけど、貯めにためて言う?勇気だわ。すげぇわ」
「ちょっと待ってよくわかんねぇんだけど、褒められてんの?けなされてんの?」
「100貶してる」

「おし、行くね。ごちそうさま」
少年は勢いよく立ち上がった。
「おぉいいね
空気よむね」
「行くってお前どこ行くの?帰んじゃないの?」
「この時間にこの格好でいるって意味があることだよ。僕は若者だ」
「でた、詩人」
「家帰ったってお姉さんを思い出して抜くことくらいしか出来ない」
「おぉ、まるで今の俺たちだな」
「そうかもね。でもね、それはそれで悪くないよ。じゃあありがと」
「少年は小走りで暗闇へ向かう」
「おい、おい少年!」
誰かが呼び止めた。
「お前、幾つだ」
「僕、15」
少年は暗闇へと消えた。
「15、15かぁ」
「やっぱそうだよな」
「うん。まだ長いよ。セブンティズマップがあってスウィートナインティンブルースがあって、恋愛レボリューショントゥエンティワンだ。前途有望だ」
「おい、今のは?今のないでしょ。さっきのと一緒じゃん」
「いや、笑える」
「確かに。にじゅういちまではなかなかいかない」
「おし、じゃあ帰るぞ」
友達が号令をかけた。各々、空き瓶を持ち煙草をポケットにしまった。そうしてバラバラに散る。スニーカーの女は僕の腕を組み、二人でフラフラと家路へつく。
最後は誰が決めてもならぬ。
次の日、昔の女友達が輪に加わり僕は言ってやった。昨日を引きずっていた。
「君が死ぬまで、僕はずっと青春だよ」
それでもスニーカーの女は腕を組み、一緒に帰った。確かに青春は終わらないらしい。